東京観光を終えて地元でのんびりすると、あまりの刺激のなさに気づいた。ひたすらのんびりして町全体が老人ホームのようなのどかな町なのだ。そんな町の中のさらにボケっとした我が家の炬燵の中でうたたねをしているのは至福ではあるが、どこか生きている実感のない温泉のぬるま湯の中のようだった。朝からのほほん。昼から隣町のショッピングセンターへ自転車で出かけたが、そこの客も疎らであった。私は隅から隅まで商品を覚えるが如くにウィンドウショッピングを試みたが、どうせ買えないものばかりだと思うと見るのすら疲れてしまった。宝くじを一枚だけ買うと、自転車を漕いでヨタヨタと喫茶店に入る。そのカフェで株式投資のWEBサイトをスマートフォンで見ると、たちまち売り買いの号令が鳴り響き、せっせと株式サイトを覗いては、売り買いの注文をだして、1円上がると1000円儲かるという小さな株を買って、2000円儲けたといい気になっていた。先日電機メーカー勤務の級友が「S社はいまは、がたがただが必ずや立ち直る」というご神託を思い出しで、S社株を買った。たちまち一円二円と下がりだして、あっというまに6000円も損失を出していた。こうした数千円の損害で済むのは桁数が小さいからで、これが普通の個人投資家のごとく100万円から500万円ぐらいの資金を動かしていたら、数分で10万円以上の損害である。数千円でも儲けと損が私には大きく響くので、十分株式市場で戦っているような気分を味わえているのだ。
 帰宅してからも勉強もせず、読書もせず、絵も描かず、ないない尽くしの堕落した怠惰な生活を満喫している。少なからず東京観光の疲れが残っているのであろう。それでも通信制の大学の単位を取るため、履修申し込みをしたり、北杜夫氏のアンソロジーをちらちら見たりしながら、夜が更けていくのを待っていた。夜になれば誰もが自由時間を楽しむのだから当然私も自由に余暇を楽しめるのだ。別に昼間でも自由なのだが、世間様に遠慮してしまうのが私の癖なのだ。その日その日に今日やるべきことをリストアップしておかないと毎日がこんな調子でなにもせずに過ぎていく。作風を真似ようと北杜夫氏の文章を読んでもちっとも面白い文書は書けない。むしろ退屈な日常を平凡な文書で綴るだけで、だれにも読んでもらえない駄文が続いていくだけである。

from 愛知ハッピー 木陽塾 http://ift.tt/1XJq2DM
via IFTTT

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中